2008年01月16日
懐かしきホワイトバンド
最近仕事をせずに遊んでばかりいるでしょ。
と、信じられない誤解を招いている大地です。
そもそも「仕事」の定義とは一体何なんでしょう。
目の前にある書類や経営業務に従事していることが
すなわち「仕事」でしょうか。
目先にあることだけに追われるのに疲れたと現代生活に
どっぷり浸かった皆さんはおっしゃっています。
さて、本日も調べ物をしておりましたら、あら懐かしい♪
「ホワイトバンド」プロジェクトの文字が。
まだ3年も経っていないこの試みが今ではどうなっているの
か、もはや皆さんには興味はないことでしょう。
もちろん僕にも興味がありません、でした。
日本中で300万個も売れた「イカリング」が、実は何の寄付に
もなっていないと批判が集まりましたね。

過去インド滞在時に行われていたホワイトバンドキャンペーン
について批判ともとれる日記を書いたことを思い出し、改めて
調べてみました。
過去の日記です(いや、しかし過去と今での疑問点の
内容が異なっていることがむしろ興味深いですw)
↓
http://blogs.yahoo.co.jp/daiti0502/archive/2005/10/25
改めてそのキャンペーンについて関連記事などを見てみると
いかに対する批判が多かったことか(以下列記)。
「自分の意見を表明する」
ことと、
「他人を批判する」
ということはとてもとても微妙な関係ではあるけれど、
今改めて感じるのは
「続けていくこと」の大切さ。
批判する側も、される側も、なにかしらの自分の想いが
あるからそうするわけであって、結果その想いが強ければ
「善悪」はともかくも、それを続けられない人たちがどれ
だけ言おうとも当の本人たちの立ち位置や意思は覆せない
ものなのではないでしょうか。
きちんと責任と意思を表明できなかった日本でのホワイトバ
ンドキャンペーンが
「続いていない、続いていかないように思えるホワイトバンド」
として過去においても現在においてもまさに「*(アスタリスク)」で
語られるの は仕様がないことなのかもしれません。
ただ、一過性のブームに終わったとされるホワイトバンドも
人それぞれによっては長く繋げることのできる出来事ではあっ
たと思います。「なにかしらの行動を起こ」し、「問題を提起
する」ということが重要なのもまた事実です。
■ホワイトバンドの関連記事
「ほっとけない世界のまずしさ(ホワイトバンド公式HP)」
http://www.hottokenai.jp/index.html
「ほっとけない世界のまずしさ、をほっとけない」
http://whiteband.sakura.ne.jp/
以下の二つの記事の対比は非常に面白いです。
先にこちらを読んでくださいな。
「ホワイトバンド批判から考えるNGOのコミュニケーションギャップ」
http://eco.nikkei.co.jp/column/article.aspx?id=20070907cc000cc
「ホワイトバンドに見る失敗の連鎖」
http://www.kojii.net/opinion/col070910.html
と、信じられない誤解を招いている大地です。
そもそも「仕事」の定義とは一体何なんでしょう。
目の前にある書類や経営業務に従事していることが
すなわち「仕事」でしょうか。
目先にあることだけに追われるのに疲れたと現代生活に
どっぷり浸かった皆さんはおっしゃっています。
さて、本日も調べ物をしておりましたら、あら懐かしい♪
「ホワイトバンド」プロジェクトの文字が。
まだ3年も経っていないこの試みが今ではどうなっているの
か、もはや皆さんには興味はないことでしょう。
もちろん僕にも興味がありません、でした。
日本中で300万個も売れた「イカリング」が、実は何の寄付に
もなっていないと批判が集まりましたね。

過去インド滞在時に行われていたホワイトバンドキャンペーン
について批判ともとれる日記を書いたことを思い出し、改めて
調べてみました。
過去の日記です(いや、しかし過去と今での疑問点の
内容が異なっていることがむしろ興味深いですw)
↓
http://blogs.yahoo.co.jp/daiti0502/archive/2005/10/25
改めてそのキャンペーンについて関連記事などを見てみると
いかに対する批判が多かったことか(以下列記)。
「自分の意見を表明する」
ことと、
「他人を批判する」
ということはとてもとても微妙な関係ではあるけれど、
今改めて感じるのは
「続けていくこと」の大切さ。
批判する側も、される側も、なにかしらの自分の想いが
あるからそうするわけであって、結果その想いが強ければ
「善悪」はともかくも、それを続けられない人たちがどれ
だけ言おうとも当の本人たちの立ち位置や意思は覆せない
ものなのではないでしょうか。
きちんと責任と意思を表明できなかった日本でのホワイトバ
ンドキャンペーンが
「続いていない、続いていかないように思えるホワイトバンド」
として過去においても現在においてもまさに「*(アスタリスク)」で
語られるの は仕様がないことなのかもしれません。
ただ、一過性のブームに終わったとされるホワイトバンドも
人それぞれによっては長く繋げることのできる出来事ではあっ
たと思います。「なにかしらの行動を起こ」し、「問題を提起
する」ということが重要なのもまた事実です。
■ホワイトバンドの関連記事
「ほっとけない世界のまずしさ(ホワイトバンド公式HP)」
http://www.hottokenai.jp/index.html
「ほっとけない世界のまずしさ、をほっとけない」
http://whiteband.sakura.ne.jp/
以下の二つの記事の対比は非常に面白いです。
先にこちらを読んでくださいな。
「ホワイトバンド批判から考えるNGOのコミュニケーションギャップ」
http://eco.nikkei.co.jp/column/article.aspx?id=20070907cc000cc
「ホワイトバンドに見る失敗の連鎖」
http://www.kojii.net/opinion/col070910.html
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